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犯行現場とされた雑木林の跡地で


 10月6日、狭山現地調査をおこないました。主催は東日本部落解放共闘会議。今年3回目となる今回の現地調査は、労組交流センターや西部ユニオンの労働者が参加しました。全国水平同盟杉並支部から2名が案内につきました。

 午前中は、地元の白山神社にいき、狭山の部落史を学習。その後、石川一雄さんの事件当日の実際の行動にそって歩き、石川さんの生い立ちや当時の生活に思いを重ねて、石川さんの無実を検証しました。
 狭山市駅に戻り寺尾有罪判決が認定したでっち上げの「犯行コース」をたどりました。「出会い地点」や「犯行現場」などで「再現実験」を行いました。いたるところ矛盾だらけで、寺尾裁判長が「頭の中で」書いた判決であることが鮮明になります。とりわけ「殺害現場」とされる雑木林があったところでは、寺尾判決の「虚偽・架空」なことを実感。近くで農作業していた小名木さんの証人喚問を拒否したり、犯行現場で血液反応がなかったという「ルミノール反応報告書」を隠したりするすることは、権力による意図的な差別犯罪です。参加者は石川さんの無実を確信し、寺尾判決への怒りをあらたにしました。
 午後は、警察が身代金を取りに来た犯人を取り逃がした「佐野屋」前に行き、そして石川さんがスコップを盗んだとされる養豚場へ向かい、被害者宅のある堀兼地区まで足を運びました。ちょうど、散歩していた被害者の善枝さんと同じ年だという男性と立ち話になりましたが、狭山事件に話が及ぶと急に口をつぐんでしまったのが、印象的でした。
 
 今回は、「佐野屋」「掘兼地区」まで足を伸ばし、狭山事件の全体像が浮き彫りになったと思います。この日初めて現地調査に参加した労働者は「寺尾判決は矛盾だらけで、『犯行』は不可能な事を現地を見て実感した。国家権力による部落差別の権力犯罪そのものだと改めて思った」と語っています。事件当時農村地帯だった現地は、都市化の波で風景は一変していますが、狭山の真実はやはり現地にあり、そこに立って歩き調べることは大変重要です。
 今年は石川さんが不当逮捕されてから50年、10月31日で寺尾判決から39カ年になります。石川さんとともに狭山再審無罪を何としてもかちとりたいと思います。10月26日の狭山集会に結集しましょう!



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